広瀬比沙雄俳句
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母一人子一人住みて月の秋
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(昭和十八年九月)1943年
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召され征く日は近くして秋燕
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冬の蚊のむくろ白紙に落ちて来ぬ
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―問借(一句)―
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見馴れたる冬木伐られて風ありぬ
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桑枯れて雲はろばろとひろごりぬ
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笛ひきて汽車は目に見ず冬の山
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埋火に黙せば友も黙すなる
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―金属供出―
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外し取りゆく暖房たゞ見守る
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咳きて母の気づかふ眼と會ひぬ
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友征くや冬帽とりてたゞ打振る
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外套の薬瓶出して彳ちて居つ
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雲影の白石渡る冬河原
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風見えて落葉の影の地につかず ▲
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誕生日時雨るるままに月ありぬ |
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遠山のうすれて空は冬の藍
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雪山の雪影ふかく初日かな
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ペンの錆書けば音しぬ寒見舞
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玻瑠戸冷ゆ稚子の寝顔に見入るとき
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白皿のみかんに電燈静かなる
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早春の蒼天見ゆる機を織る
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豚病んで戸外の日射し春浅き |
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下萌えや鳩の素足のほのとあかき |
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乳牛の乳房のはりや下萌ゆる ▲ |
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墓石の冷さにふれて椿さしぬ
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同級生續き御盾なる二月
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愁あり霜の鉄軌をひた走る
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峯々の雪の起伏に夜の明くる ▲
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春山の上なる雪嶺見えて来ぬ
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明暗は割然として雪の峯
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鉄橋の鉄骨の中に焼野見き
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鳥の跡河原の砂に冱返る ▲ |
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二月空蒼し黒煙滲み入りぬ
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病院に春泥の靴の紐解きぬ
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看護婦のスリッパひびく餘寒かな |
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看護婦の白衣行き過ぐ廊下冷ゆ ▲ |
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病室の冷きドアの前に佇つ |
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春寒やみとり疲れの姉の顔 |
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外套のボタン外しつベッドに近づく |
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風花や病室冷えてゆくばかり ▲ |
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車窓拭けば雪の田畑は暮れかかる |
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雪雲の去れば濡れけり高嶺星 |
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ふるさとを恋ふと戦帽に苧花抜く |
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雛店の雛青玻瑠に笛を吹く ▲ |
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光なき白壁の白さ春雷す |
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碧天の春と白鳩飛び惑ふ |
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春燈に心の流轉とどまらず |
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孤愁あり梨の花咲く園に来て ▲ |
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歩兵銃馴れて新樹にねらひ居り |
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歩兵銃擔ふ新樹の道續く |
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新樹間銃を捧げて立ちつくす |
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咲ききりし壷の姫百合時計鳴る ▲ |
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転落の運命(サダメ)に堪えて軍衣着ぬ |
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回想のまなじり熱き木下闇 |
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恩讎の日月盡きて河鹿鳴く |
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人の世の廿才は過ぎぬ飛ぶ蛍 ▲ |
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梅雨の夜の遺影の笑まい香炊きぬ |
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梅雨の夜の遺影ほほ笑みて泣く母に |
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聖燭は夏虫秘めてつめたかり |
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酷評に堪えて盛夏の句を綴る ▲ |
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浄らけき茶碗の白さ虎ヶ両 |
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浄らけき甘さや虎ヶ両を飲む |
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征く日近し冷麦の白さいたゞきぬ |
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冷麦に言葉少なく送らんか ▲ |
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笑み交はし、ただ冷麦を食む送別(ワカレ) |
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白百合の明暗ほのかな壷に座す |
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壷に暮れて深山の百合の香に酔ひぬ |
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白百合に一人の部屋の灯を點す ▲ |
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したゝれる灯に白百合の影は歪む |
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白百合の雌蘂のみどり香を放つ |
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彼の丘の月見草の香君知るや |
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月見草黄に過ぐ丘に臥して臭ぐ ▲ |
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乳首濃きデッサンなりきソーダ水 |
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サイレン夜気に滲みとほる |
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月明のあまねき屋並に人黙す |
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新秋の風邪なり薬臭膚(ハダ)につく ▲ |
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心砕け水薬かざす七ツ星 |
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微熱ある半裸に烈日歩まざり |
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新秋の旭光盈つる裸身かな |
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郷愁の男嗅強き蚊帳を吊る ▲ |
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午を寝る鵜に秋水の静かなり |
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したゝらす秋水君のオールより |
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みやしろの秋は鵜川の澄みてより |
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冷えし茶はさみしき吾れをうるほはす ▲ |
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頬杖のデスク冷し雲を見る |
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曼珠沙華破れし恋は忘るべし |
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土手の露夕日は炎(ホムラ)を立てにけり |
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初時雨故郷の友はありとのみ ▲ |
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白雲の白き流れて野菊咲く |
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征く日待つ星のいのちの照り曇り |
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天高しい征く日すでに決りたる |
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君を待つしばしや冬の駅ぬくし ▲ |
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小春日の飛騨の川原の岩やぬくし |
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飛騨路なる冬日は燕を緋としぬ |
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視線とらへ得ず冬雨の窓に眼を轉ず |
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あたたかき冬の雨降るわかれかな ▲ |
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身のまはり既に全し菊を活く |
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冬菊の香はふるさとの匂なり |
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風花や兵となる日のきびしさに ▲ |
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ふるさとにつながる鉄路のすみれかな |
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アカシヤの落花に坐して戦友(トモ)を恋ふ |
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郷愁のしきりなる日の星凍ぬ ▲ |
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ふるさとを恋へば冬雲ひろごりぬ |
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大陸に雲なき冬の黄たんぽぽ |
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支那町の春は乞喰の胡弓より |
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一望に古塔ひとつの春なりき ▲ |
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強心剤射つや寒燈ゆらめきし |
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凍る灯のコレラ病棟よこたはる |
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冬ざるる汽笛のひびきとどくとき ▲ |
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盛ンなる木の芽に堪えてわかれむか |
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白ばらに理性正しく保ち居き |
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隔離舎の廊下は長き梅雨に入る |
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傅染病棟しんしんとしてとかげ出づ ▲ |
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隔離舎の柵のとかげは真黒なる |
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枕頭のけし散りしより雨となる |
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再会を約す五月の海蒼し |
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くらげ透く白き光のとどろくところ ▲ |
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海を抱く丘はろばろと春熟るる |
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手鏡の流転の顔や日焼しぬ |
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泉水に水あふれゐる金魚かな |
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水充ちて金魚の朱は澄みつくす ▲ |
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白タイル腹のせ休む金魚はも |
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金魚沈みタイルのみどり相並ぶ |
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よみがえる童心夏の雲を見る |
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草笛を吹きしが今日の悔強し ▲ |
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うに買って戻ればとかげ走り出づ |
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炎日に心象細る生活苦 |
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逆境の盛夏に全身さらしつつ |
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あぢさいに黙しっかれて灯を點す ▲ |
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烈日や吾が恋人は人妻に |
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君人妻ちちろは夜々をはなやぎぬ |
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あれ程のちぎりも空しざくろ咲く |
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求職の幾日の疲れ蝉を聞く ▲ |
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徒食して愛憎もなし南瓜咲く |
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秋の香たくよりうすき恋なりき |
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土手に来て口笛吹けば水澄みぬ |
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奥飛騨の蜩鳴くに髪を梳く ▲ |
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おとめづくお隣の子よ鶏頭咲く |
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鰯雲やけになってやろうか |
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くちづけの一瞬カンナ更に燃ゆ |
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鳶の輪の崩れて秋天暮れかかる ▲ |
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みのる田の景色の人となりて行く |
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そばの花引眉うすき人と坐す |
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引眉のうすかりければ秋の蝶 |
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生きて居るさみしさ切に鳴子引く ▲ |
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たまゆらの感傷なりき鵙たける |
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いつまでも心傷癒えず流れ星 |
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吾が顔のをかしく映えて花瓶冷ゆ |
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秋といふしろがねの雲海につぶやく ▲ |
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長き手紙破れば秋の雲白し |
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膝を抱けば霜枯れの菊鮮か |
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思ひ出のほぐくる柿の落葉かな |
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なりはひに疲れ夜長の灯を點す ▲ |
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かかる感慨コスモスの道は細く |
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維摩居士慈顔の前の冬日かな |
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維摩居士ここに黙して冬の雲 |
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行年の小櫛に残る抒情かな ▲ |
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オリオン座すなほな髪の人をふと |
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電車待つ年の市なる灯に疲れ |
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寒月や宿命さけるべくもなく |
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寒燈や理性のをとことなり得ずて ▲ |
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白棒落ちひそやかに悔迫る |
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ビルディング暮れつつ雁の帰りかな |
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雁見送りていしが巷の人となる |
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職辭すやひねもす寒き春の雨 ▲ |
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朱筆手に伊吹の春をまのあたり |
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細筆にこもらふ春は闌けにつつ |
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フリージヤのひそかな蘂よ手紙書く |
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乖背のわぎもを恋へば柳絮飛ぶ ▲ |
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やはらかき紫煙孤独のセルを這ふ |
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オリオン座一夜の恋の幸を得て |
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寒月を巻雲流すくちづけぬ ▲ |
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わかるるや地平の冱て星茜増す |
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くちづけし彼の夜の星はかく冱てき |
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汝を恋えば寒く星屑流れ次ぐ |
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吾子といふ肉塊抱けば蛍とぶ |
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葡萄酒に酔えぬ冷き膝を抱く ▲ |
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人待てば時雨は星の灯を濡らす |
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寒き日はこけしの笑まひ愛し居り |
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妻を持ち男恋する泥田打つ |
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人妻と来て枯草の皆紅き ▲ |
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いてふ黄葉あまた病臥の夢に散る |
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寒灯や成形終えし寒の窪 |
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冬空の重き手術の創痛む |
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冬の蝿壁の汚点となりて死す。 ▲ |
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ひとりごちて聞く心界の涯の蝉 |
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顴骨の尖りに触れて汗を拭く |
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